PSpice(評価版)で
“LUXKIT A804”をシミュレートする



今を去ること四半世紀前の1979年頃、ラックスキット(株)から「創るたのしみ+聴くたのしみ=¥24,000」というふれ込みでA801(MONAURAL POWER AMP)、A802(STEREO POWER AMP)、A803(3D・CHANNNEL DIVIDER)、A804(STEREO PREAMPLIFIER)、A805(GRAPHIC EQUALIZER)というシリーズキット製品が各24,000円で販売されていた。ということを最近1979年の「無線と実験」誌を幾つか入手して知ったのだった。1979年4月号のNo−33“ステラボックス用DC録音アンプの設計と製作(製作編)”を読んでいたら、その後ろにこのLUXKIT A804の製作記事が続いていたのである。まぁ何となく眺めてみたのだが、なんとその回路図には面白い回路が載っていたのだった。それがこの回路である。

A804はステレオプリアンプであり、MM用と思われるフォノイコライザーとフラットアンプにより構成されているのだが、これはそのうちフラットアンプの方である。


シンプルプリアンプと銘打っているだけあってメーカー製にしては大変シンプルな構成なのだが、注目したのはただ一点である。この回路、あと一歩で“完全対称型”ではないか。が、Nさんという方によるこの製品の組み立て記事においてもこの回路構成の終段はエミッタフォロア+定電流回路と解説されている。無理はない。K先生の“完全対称型”が出現した1993年〜1994年においてさえMJ界隈ではその意味を理解しえなかったのだし。まぁ、定義の問題なのでエミッタフォロアと呼ぶのであればそれでも良いのだが、これをエミッタフォロアと解している限りは“完全対称型”へのあと一歩には永遠に至ることが出来ない。無論この製品の設計者は教科書通りのエミッタフォロアなどと考えていたはずはないと思うし、案外“完全対称型”とこの定電流型とを比較してこちらを選んだのかもしれない。な〜んて(^^;

さてこの回路図、実はA804オリジナルに完全に忠実ではない。オリジナルの初段は2SK129というデュアルFETである。高gmのFETだったらしいがデータもなくモデルもないのでここでは2SK117で代用している。終段も2SC1626という東芝製のトランジスタで、2SC1161程度のスペックを有するものが起用されていたようなのだが、これもモデルがないので2SC960で代用した。そのほかにも忠実でない部分が多少ある。





早速入力に1Vacを入力しそのオープンゲイン周波数特性とその位相特性を観る。

その動作点はこのとおりだ。「初段から出力段まですべての回路に十分な電流を流して、トランジェント歪みを大幅に減少、・・・」と銘打っているだけあって出力段には大分大きな電流を流している。出力段に2SC1626(Vcbo=80V、Vceo=80V、Ic=750mA、Pc=15W、fT=100MHz、Cob=15pF)というミニパワーTRが起用されているのもこのためだろう。
2段目差動アンプに起用されている2SA836のスペックはVcbo=-55V、Vceo=-55V、Ic=-100mA、Pc=200mW、fT=200MHz、Cob=2pFと立派なものである。日立製のローノイズTRだ。

なお、負荷はパラメトリックに1kΩ、10kΩ、100kΩである。







オープンゲインは低域において負荷1kΩ時82.5dB、10kΩで92.5dB、100kΩで95dB。さすがにメーカー製だけあって大きなオープンゲインだ。クローズドゲイン設定は約20dBなのでNFB量は60dBから75dBに達するということになる。

が、2段目差動アンプ右側のBC間に入れられた位相補正C8=10pFのワンポール補償が強力で、どの負荷値であってもオープンゲインが20dBポイントの位相回転は−110°程度に収まっており、60dBから75dBものNFBを掛けても安定に動作するであろうことが分かる。

その分オープンゲインのfcは数KHz台であるが、別にその広帯域化を目指すものではないと思われ、設計的にはコスト減を図るために最低限のトランジスタ数で、しかも可能な限り大きなオープンゲインを安定に確保する、といったところなのだろうかと思うが、その意味では流石に上手く出来ている。





(2004年10月31日)



あと一歩は勿論こうだ。

2段目差動アンプ左側と出力段定電流回路をちょっと改変して接続すると、各部動作点を全く変更することなく完全対称型になる。初段トリマー(R14,R15で表示)でDCバランスを取り直すだけで良いのだ。

こちらの方が部品点数が減ってコストダウンの目的にも叶うかも。(^^;






こちらのオープンゲイン周波数特性とその位相特性。
動作点はこのとおり。負荷は同じくパラメトリックに1kΩ、10kΩ、100kΩ。






オープンゲインは低域において負荷1kΩ時87.5dB、10kΩで94.5dB、100kΩで95.5dBとA804オリジナルより負荷1kΩ時で5dB、10kΩ時で2dB、100kΩ時で0.5dB増加した。のは、出力段がシングル動作からプッシュプル動作になったため出力段の利得が倍(+6dB)となったからだろう。が、負荷が大きくなるほどにその理想から外れてしまうのは2段目差動アンプ右側の出力インピーダンスが有限でそもそも理想から外れているからである。

ということではあるが、A804オリジナルの定電流型とこの完全対称型の比較では、この完全対称型の方が多少ともオープンゲインが大きく、超高域の位相回転具合から見たNFB安定度もかえって高そうであるし、何より部品点数も少なくコストダウンが可能ではないかという点でこちらの完全対称型の方がメーカー的にも良いように思えるのだが、残念ながら採用されなかったようだ。まぁ実際のところ完全対称型の方は実機では出力段に何らかの温度補償が必要となると思われるので、それも考慮すると定電流型の方が合理的ということかもしれない。(^^;








完全対称動作をより理想に近づけてみよう。
そのためには2段目差動アンプ右側にカスコードアンプを付加すれば良いのである。部品は3点増加してしまうがこれで当初のオリジナルA804の定電流回路分ぐらいだ。






動作点。
当然だが、こちらも初段トリマーでDCバランスを取り直すだけ。
負荷は同じくパラメトリックに1kΩ、10kΩ、100kΩ。






オープンゲインは低域において負荷1kΩ時90dB、10kΩで104dB、100kΩで108.5dBとカスコードアンプの追加で負荷1kΩ時で2.5dB、10kΩ時で9.5dB、100kΩ時で13dBも増加した。負荷が大きいほどに増加度合いが大きいのは正しく完全対称型としての動作が理想に近づいた証左だ。

A804オリジナルと比較すると負荷1kΩ時で7.5dB、10kΩ時で11.5dB、100kΩ時で13.5dBの増加である。

負荷10kΩで100dBを超えるというオペアンプ並みのハイゲインだが、その位相特性からすると楽に90dB程度のNFBは掛けられそうだ。非常に特性の良いフラットアンプになりそうだ。と思うのだがどうだろう。








せっかくなので完全対称動作をさらに理想に近づけてみる。

出力段TRにエミッタ抵抗を入れその電流帰還効果で出力段自体の出力インピーダンスを高めるのである。さらに部品は2点増加してしまうが、これには出力段の温度補償効果も期待できるので実機としての実用性も問題がなくなることを勘案すれば加えるのは良い選択だろう。





こちらは初段トリマーでDCバランスを取り直すだけではだめで、2段目差動アンプの共通エミッタ抵抗値も変更して動作点を調整する必要がある。ここでは出力段のアイドリング電流をこれまでの事例にほぼ揃えてこのとおりである。

負荷は同じくパラメトリックに1kΩ、10kΩ、100kΩ。

果たしてそのオープンゲイン、位相特性はどうなるだろう。






おおっ!

オープンゲインは低域において負荷1kΩ時82.5dB、10kΩで100.5dB、100kΩで110.5dB。
と、出力段エミッタ抵抗の電流帰還作用のために負荷1kΩ時こそオリジナルA804と同じオープンゲインに下がってしまったが、負荷10kΩでは105dB、負荷100kΩ時はこれまでで最大の110.5dBと、電流帰還作用によるゲインの低下を補って余りある結果だ。

高負荷になるほどにゲインの伸びが大きくなっているのは完全対称動作がさらに理想に近づいている証拠である。イデア界における理想状態では負荷が10倍(20dB)になれば利得も10倍(+20dB)になる。ここではそれが1kΩから10kΩで+18dB、10kΩから100kΩで+10dBである。イデア界ならぬこの世はそもそも理想からはほど遠い世界なので完全な理想は求めても得られないのが宿命だ。が、これまでの中ではかなり理想に近づいた理想的結果だ。(^^)





(2004年11月3日)





オリジナルA804の終段は定電流型であるがそのプラス側は完全対称型だ。言うなれば半完全対称型である。よってこの動作をより理想に近くなるようにすればK式完全対称型同様の効果を期待できるかも知れない。

そこで先ずは2段目差動アンプ右側にカスコードアンプを入れその出力インピーダンスを高め、その効果を観る。





動作点。
当然だが、こちらも初段トリマーでDCバランスを取り直すだけ。
負荷は同じくパラメトリックに1kΩ、10kΩ、100kΩ。





オープンゲインは低域において負荷1kΩ時84dB、10kΩで99.5dB、100kΩで106dBとカスコードアンプの追加でオリジナル比で負荷1kΩ時で1.5dB、10kΩ時で7dB、100kΩ時で11dBも増加した。負荷が大きいほどに増加度合いが大きいのは正しく完全対称型としての動作が理想に近づいた証左だから、この定電流型もその終段動作は(半)完全対称型の範疇にあるのだ。が、PP動作ではなくシングル動作なのでそのゲインは完全対称型に比較するとそれぞれ−6dB以上小さくなっているという訳だ。







であれば、完全対称型と同様終段にエミッタ抵抗を加え終段自体の出力インピーダンスを高めれば、さらに理想的な完全対称動作に近づくはずだ。早速やってみよう。下側定電流回路のTRには最初から56Ωのエミッタ抵抗が入っているし。(^^;





こちらも2段目差動アンプの共通エミッタ抵抗値を変更して動作点を調整する必要がある。出力段のアイドリング電流をこれまでの事例にほぼ揃えてこのとおりだ。

負荷はパラメトリックに1kΩ、10kΩ、100kΩなのは同じ。





オープンゲインは低域において負荷1kΩ時76.5dB、10kΩで94.5dB、100kΩで106.5dBと、同様な状態とした完全対称型に比べて1kΩ時と10kΩ時は−6dB、100kΩ時で−4dBであり、PP動作とシングル動作の差だけの違いという結果である。

その結果はアンプ動作が理想的完全対称動作により近づいたということを表しているのだが、残念ながら負荷1kΩ時のオープンゲインはオリジナルA804に比較する6dBも低下してしまったのである。

よってNFB後の歪率は倍になってしまうことが想定される。とまぁ、わたくし的にはこちらの方がずっと良いと思うのだが、素子を余計に使ってコストアップし、スペックは悪化するとなれば、これがメーカーに採用される筈はないわなぁ。(^^;







さて、本来の完全対称型に戻って、オープンゲインが低域において負荷1kΩ時82.5dB、10kΩで100.5dB、100kΩで110.5dBではまだ足りない。となるとどうすべきか。と考えた場合はこのように初段の負荷をカレントミラーにするのがひとつの方法だ。ついでに初段2SK117のgmを最大限活用するためにオフセット調整用のトリマーをそのエミッタ側からカレントミラー側に移してそのミラー率の変更でオフセットを調整する方法に変更する。ここではR17とR18がそのトリマーを表現している。







初段の変更に伴い終段アイドリング電流がこれまでと同様程度になるように初段、2段目の動作点を調整した。結果がこうだ。






オープンゲインは低域において負荷1kΩ時94dB、10kΩで112dB、100kΩで122dBと、カレントミラー導入前に比較して負荷1kΩ時、10kΩ時、100kΩ時とも+11.5dbの増加である。カレントミラー導入によって初段から2段目への電流伝達率が向上した結果だ。が、その分位相補正Cのドライブインピーダンスが高くなりfcはさらに低域に下がって本当にICオペアンプ並みになってきた。







唐突だがこれにK式MCイコライザーのNFB素子を負荷として接続してみよう。





おおっ!

って、なんと理想NF型イコライザーのような結果ではないか。

凡例左からアンプ出力点の電圧利得(青色)、NFB電圧(ピンク)、その差でNFB後の理念的クローズドゲイン(緑)、アンプ出力点の電圧の位相(黄色)、NFB電圧の位相(水色)。

問題はNFB電圧(ピンク)とその位相(水色)なのだが、理想NF型イコライザーのイデア的状態はNFB電圧(ピンク)が周波数にかかわらず一定であり、その位相(水色)は周波数にかかわらず0°であるべきところ、この結果は非常にその理想状態に近い。10Hzからなんと100kHzの範囲においてはNFB電圧は55dB〜67dbと12dB以内に収まり、その位相も+8°〜−33°程度の範囲に収まっている。

確かにこれは完全対称型であって、終段の出力インピーダンスNFB前は高いのであるからさもありなん。とも思えるが、果たしてこの結果は本当に理想NF型イコライザーが実現している結果なのだろうか。(^^;








もしやA804の定電流型でも理想NF型イコライザーが実現するのではなかろうか。





こちらも終段のアイドリング電流がこれまで同様17mA程度になるように動作点を揃える。




問題は同様にNFB電圧(赤)とその位相(黄色)なのだが、こちらは10Hzから100kHzの範囲においてはNFB電圧は55dB〜66dbと11dB以内に収まり、その位相も+12°〜−31°程度の範囲に収まっており、上の完全対称型よりも理想に近いという結果ではないか。(^^;







で、ちょっと訳あって上の定電流型の2段目を差動からシングルに変更する。また、終段上側のTRのエミッタ抵抗も取り去った。2段目をこのようにシングル動作にした場合はそのエミッタに抵抗が入ると電流帰還NFBが掛かってしまうので(差動動作の場合は共通エミッタ抵抗が入っていても電流帰還NFBは掛からない。)、差動の場合と同等条件にするためにはこれを取り去ってしまう必要がある。






初段差動アンプの共通エミッタ抵抗を増やす程度でうまく動作点の調整は出来た。





お〜お。これでもまだ理想NF型イコライザーの面影のある結果ではないか。

NFB電圧(赤)は10Hzから100kHzの範囲において52dBから65dBと13dBの範囲に収まっており、その位相(黄色)も+5°〜−38°と43°以内に収まっている。上の場合でNFB電圧が11dB以内でその位相が43°以内であったからほぼ同等の結果である。







と、まぁ色々やってみたのは、この回路がLUXKIT A804のフォノイコライザーの回路だからである。(^^;

MJ1979年4月号に掲載されたその回路図はこうで、
2段目の描き方がちょっと違うので一見別物のようにも見えるがよく見れば全く同じものだ。オリジナルの方には2段目のベース−電源間にステップ型位相補正が加えられ、位相補正Cも22pFと大きい点がちょっと違うと言えば違うぐらいだろう。

なお、オリジナルA804はイコライザー素子の定数もこれとは異なっているが、ここでは比較のためK式の素子定数を使っている。





動作点はこう。





位相補正Cが22pFと倍になり、さらにステップ型位相補正が加わっているため多少の違いが出ている。NFB電圧(赤)は10Hzから100kHzの範囲において46dBから65dBと19dBの範囲とやや乖離が大きくなったのはステップ位相補正のせいと思われるが、その位相(黄色)は−3°〜−40°と37°以内となりかえって狭い範囲に収まっている。

この結果からみると今から35年前のLUXKIT A804のフォノイコライザーはまるで理想NF型イコライザーを実現していたかのようだ。

果たしてどうだろうか。な〜んて。(^^;





本当のところは設計者に聞いてみなければ分かるはずもないのだが、客観的にみると残念ながら、多分似て非なるものだろう。(^^;

何故なら、理想NF型イコライザーと併せて完全対称型の理念があるならば以下のような回路になって然るべきだからである。

先ずはK式完全対称型。

違いは終段だ。ここはハイインピーダンスのNF素子を電流ドライブするため高い出力インピーダンスを確保しなければならない。よってある程度高いエミッタ抵抗が必要なのだ。





動作点はこう。





結果はこう。

NFB電圧(ピンク)は10Hzから100kHzの範囲において70dBから77.5dBと7.5dBの範囲に収まり、その位相は10Hzから20kHzの範囲では+12°〜−8°と0°に非常に近い範囲に収まっている。と言う割には100kHzでは大きく乖離しているではないか(−−)という点はあるが、高域に帯域限界がある中で音声帯域である20kHzまでにおけるNFB電圧の位相が0°に極近いというのが理想NF型イコライザーのキモなのだ。

どこが違うのか?

それはオープンゲインの電圧利得特性である。比べると似ていると言えば似ているもののよく見れば全く違うのである。

K式の理想NF型イコライザーを実現するアンプのオープンゲインはその電圧利得特性自体がRIAA特性なのである。これに対してA804の方は単純に大きなワンポール位相補正でファーストポールが数10Hz台にあり、このため利得特性が完全と言っていいほどに−6dB/octの下降特性になっている。ところがこの−6dB/octの下降特性がたまたまRIAAの下降特性に近似しているといえば近似しているのだ。そしてこのことがA804を理想NF型イコライザーのように見せた所以のところなのである。言うなればたまたま理想NF型イコライザーに似たのである。






A804を理想NF型イコライザーに改造しよう。

それにはちょっと終段を改造し、併せて不要な位相補正を排除すれば良いのである。






動作点。






LUXKIT A804の終段定電流型でもちゃんと理想NF型イコライザーが実現することがこれで分かる。K式どおりの完全対称型でなくとも大丈夫なのだ。しかも何だか完全対称型よりこちらの定電流型の方がより理想的な理想NF型イコライザーとなっている、ように見えるのだが如何だろうか。気のせいかな(^^;

LUXKIT A804は、これとの比較も行った上で、理想NF型イコライザーとほぼ同様な結果が得られ、さらに「初段から出力段まですべての回路に十分な電流を流して、トランジェント歪みを大幅に減少、・・・」という必要からあえてICオペアンプ型の位相補正を採用したのである。

な〜んてことはないわなぁ・・・と思うのだが、案外あったりして(^^;
 






最後に毎度のお断り。
以上のシミュレーション結果及びその解釈にはなんの保証もないので悪しからず。また登場したシミュレーションモデルについては何もお答えできないので重ねて悪しからず。(^^;



(2004年11月9日)